Home, bittersweet home
人生を大きく左右する選択に迫られています。選択といいつつも、自分に選択の余地は実際にはほとんどなく、今のままではただシステムに従い、流されるだけです。
世に言う就職活動というやつです。
前の選択、つまり大学受験も、結局システムに逆らうことができないまま、納得のできないまま終わってしまいました。失敗です。少しは抵抗しようとしたのですが、結局自分の力不足でそれもかないませんでした。再び、失敗です。最初の失敗の原因のひとつに、ある企業のある選択が関わっています。しかし友人に「(その企業のことを)恨んでる?」と言われたとき、驚きました。私は全くその企業のことを恨んでいませんでしたし、未だにその企業のことが、そしてその企業の製品が好きです。そもそもその企業だって、好きでそんなことをしたわけではないですし、企業であるからにはそのシステムの中で合理的な企業活動をして当然です。
その企業のことは全く恨んでいないのですが、そこまで多くの人を追い込んだ社会のシステムには憤りを感じました。そして、そのシステムを変えることもできない自分の矮小さにも、ひどく腹が立ちました。しかしどう頑張っても私にはそんなシステムを変える力はないのです。
システムは変えられなくてもいい、私の行為が影響した誰かが志を持ってくれればいい、と思います。そんなわけで最近は頻繁に東京に出向いています。
23区内、空が狭いです。星が見えないです。私の視力だと見えても2等星まで。しかしそれがいいのです。東京の空は、狭くて、無機質で、安心できます。街の灯りが、喧騒が、自分に向いていないことは明らかで、そこでの自分の影響力が相対的に小さいことに安堵します。もっと大きな流れがそこには横たわっていて、自分の立てる波紋がすぐにかき消されることが、嬉しいのです。
私の家の周囲は、条件がよければ天の川が見えるくらいには田舎です。広い空を見ていると、不安になります。落ちてきそうで、吸い込まれそうで、見張られていそうで。ここの流れは細いくせに澱み、停滞しています。それがひどく不安です。
自分なんて大したことがないのに、ここでは何をやってもそれがすごいことのように思われてしまいます。嫌です。辛いです。もっとすごい人たちの中で仕事がしたいです。自分の名前なんて残らなくていいです。他者に影響したいです。システムに影響を与えたいです。しかしそれが私という個を明確に保つのは嫌なのです。私の人格ではなく、私の生み出すものが、仕事が、結果が、他者に影響を与えてほしいです。自身をシステムの仕組みの中に組み込みたいのです。変えられないまでも、今までのように単純に流されるのではなく。それができるところに、早く生きたいです。誤変換では、ありません。
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